大阪高等裁判所 平成10年(ネ)936号 判決 1999年11月11日
控訴人(附帯被控訴人、一審被告、以下「一審被告」という。) 株式会社 大和銀行
右代表者代表取締役 海保孝
右訴訟代理人弁護士 網本浩幸
同 井上圭吾
同 待場豊
同 安部将規
同 船戸貴美子
控訴人補助参加人(附帯被控訴人補助参加人、一審被告補助参加人、以下「補助参加人」という。) 東京生命保険相互会社
右代表者代表取締役 中村健一
右訴訟代理人弁護士 加藤一昶
同 小倉良弘
被控訴人(附帯控訴人、一審原告、以下「一審原告」という。) A野花子
<他2名>
右三名訴訟代理人弁護士 田島義久
同 金子武嗣
主文
一 本件控訴に基づき原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
二 一審原告らの請求をいずれも棄却する。
三 本件附帯控訴を棄却する。
四 訴訟費用(参加によって生じた費用及び附帯控訴費用を含む。)は、第一、二審とも一審原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 一審被告(補助参加人)
主文と同旨
二 一審原告ら
1 原判決を次のとおり変更する。
一審被告と亡A野太郎との平成六年一月一七日付消費貸借に基づく、一審原告A野花子の一審被告に対する金四八九万〇二七一円とこれに対する平成七年三月一日から支払済みまで年五・三四パーセントの割合による金員の支払債務、一審原告A野一郎、同B山春子の一審被告に対する各二四四万五一三六円とこれに対する平成七年三月一日以降支払済みまで年五・三四パーセントの割合による各金員の支払債務が不存在であることを確認する。
2 本件控訴を棄却する。
3 訴訟費用(附帯控訴費用を含む。)は、第一、二審とも一審被告及び補助参加人の負担とする。
(以下、一審原告を「原告」、一審被告を「被告」という。)
第二事案の概要
一 原告花子の夫であり、原告一郎及び同春子の父である亡A野太郎(以下「太郎」という。)が、被告から住宅ローンによる借入れをした際、被告と補助参加人との間で、保険契約者及び保険金受取人を被告、被保険者を太郎とする生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)が締結されていた。その後、太郎が死亡したため、被告が補助参加人に対して保険金の請求をしたところ、補助参加人は、太郎に告知義務違反があったため右保険契約を解除したとして、右請求を拒否した。そこで、被告が、太郎を相続した原告らに対して住宅ローンの残債務の支払を求めたのに対し、原告らが、右の解除は無効であり、住宅ローンの残債務は右保険金支払請求権の発生等により消滅したと主張して、その不存在の確認を求めたのが本件である。
原審は、太郎に告知義務違反はあったものの、右不告知に係る事実を知らなかったことについて補助参加人に過失があったとして解除の効力を否定し、被告の保険金請求権の発生を認めたが、保険金が補助参加人から被告に対して現実に支払われていない以上、原告らの住宅ローンの残債務は消滅していないとした上で、原告らは右保険金請求権が存在することを理由に住宅ローンの支払を拒絶することができるとし、「右支払を拒絶できる抗弁の付着しない債務は存在しないことを確認する。」との確認(一部認容)判決をした。
二 前提事実
以下に付加、訂正するほか、原判決の五頁末行から一六頁一行目までに記載するとおりであるから、これを引用する。
1 原判決七頁三行目の「太郎が」の次に「後記7の」を、同八頁一〇行目及び九頁五行目の各「医師」の次にいずれも「作成」をそれぞれ加え、同九頁九行目の「要領により」を「要領による住宅ローンとして、」に改める。
2 原判決一一頁八行目の「加入させた」の次に「(本件団信保険のうち太郎を被保険者とする部分が本件保険契約である。)」を加え、同一二頁一行目の「持って」を「もって」と改める。
3 原判決一三頁六行目の「補助参加人」を「被告高槻支店」と改め、同八行目と同一四頁三行目の各「について、」の次にいずれも「有に丸印を付けた上、」を加え、同一四頁末行の「遺産」を「権利義務」と改める。
4 原判決一四頁七、八行目を次のとおり改める。
「8 本件告知書は四枚綴りの複写式になっており(上から丙二、乙五、乙二、甲三の順に四枚重ね)、一番下の四枚目(甲三)を太郎が控えとして所持し、その上の三枚目(乙二)をこれらの契約締結事務を担当した被告高槻支店が所持し、残りの二枚が訴外大和銀総合管理株式会社(以下「大和銀総合管理」という。)に送られ、二枚目(乙五)を同社に残して、一枚目(丙二)だけが補助参加人近畿法人部を経て、補助参加人本社の団体信用保険課に送付される扱いとなっていた。
本件告知書(丙二)が右の経路を経て補助参加人に提出された際、告知事項1の傷病名欄が空白であったが、その後、同欄に「同下」(告知事項2に記載された「胃潰瘍」を意味する。)という補充がなされ、その結果、前記4、5のとおり、本件保険契約及び本件消費貸借契約が締結され、被告から太郎に対して一〇五〇万円の融資が実行された。」
5 原判決一四頁九行目の「8」を「9」と、同一五頁五行目の「9」を「10」とそれぞれ改める。
三 争点と当事者の主張
1 補助参加人による本件保険契約解除の成否
(一) 太郎の告知義務違反の有無
(被告及び補助参加人の主張)
(1) 前記引用に係る前提事実(以下、単に「前提事実」という。)2記載のとおり、太郎は、平成四年六月二七日に胃潰瘍で藤田胃腸科病院に入院したが(①の入院)、その入院期間中に肝臓疾患があることが発見されたので、同年七月二一日に同病院を退院した後も、本件告知日の直前の平成五年一二月二四日までの間、同病院に通院して、胃潰瘍、肝硬変、肝臓癌の治療を受けた。そして、太郎は、その間に三回肝臓癌の治療のために済生会京都府病院に入院し(②ないし④の入院)、肝臓癌の治療として肝動脈塞栓術を受けた。
(2) そうすると、告知事項1(最近三ケ月以内の医師の治療・投薬)としては、胃潰瘍のほか肝臓病も記載すべきであるし、また、告知事項2(過去三年以内の手術又は継続して二週間以上の入院及び医師の治療・投薬)としては、右の肝動脈塞栓術の手術を二回受けていたことのほか、肝臓病で②ないし④の入院をし治療を受けていたことも含まれる(「継続して二週間以上の入院及び医師の治療・投薬」とは、入院と医師の治療・投薬を通じて二週間以上となれば告知を要するものと解すべきである。)
(3) しかるに、太郎は、右の各事実について認識していたにもかかわらず、本件告知書には肝臓病についても肝動脈塞栓術についても何ら記載しなかったのであるから、「被保険者の故意又は重大な過失により、告知の際事実を告げなかった場合」に該当し、補助参加人は、本件約款第二三条ないし商法第六七八条第一項に基づき本件保険契約を解除できる。
(原告らの主張)
(1) 告知事項1について
告知日前三か月の藤田胃腸科病院での治療・投薬について、太郎は、前提事実7(一)記載のとおり、傷病名欄を空白としていたが、発病又は受傷欄については、「平成四年六月二七日」と①の入院日を記載しており、更に、治療方法欄の「服薬中」に丸印を付けている。しかも、前提事実3記載のとおり、太郎は、補助参加人に対して右①の入院についての本件個人保険の入院給付金を請求した際、「多発性胃潰瘍、肝障害」と記載された診断書を提出しているのであるから、右記載をもって、補助参加人に対し、多発性胃潰瘍及び肝障害について服薬していることを告知したものということができ、したがって、告知事項1について告知義務違反は存しない。
(2) 告知事項2について
前段の過去三年以内の手術については、肝動脈塞栓術を受けたことが考えられるが、太郎は、右施術を受けたことは全く聞かされておらず、腹部血管造影による検査であると聞かされ、そのような認識があったにすぎないものであるから、この点での告知義務違反は認められない。
また、後段の「継続して二週間以上の入院及び医師の治療・投薬を受けたこと」については、告知書の要求するところは、「継続して二週間以上の入院をし、かつ継続して二週間以上の医師の治療・投薬を受けたこと」と解すべきであるから、これに該当するものは①の入院のみであるところ、この入院時に医師の治療・投薬を受けたのは胃潰瘍のみであって、太郎は、右入院については、前提事実7(二)記載のとおり、その期間、日数、手術の有無、病状の経過を正確に記載している。
したがって、告知事項2についても告知義務違反はない。
(二) 不告知事項についての補助参加人の悪意又は過失の有無
(原告らの主張)
仮に、太郎に告知義務違反があったとしても、補助参加人は右違反に係る不告知事実を知っていたか(悪意)、もしくは知らなかったことに過失があるから、解除は無効である。
(1) 前提事実3記載のとおり、太郎は、本件告知書の作成に先立つ①及び②の入院に際し、補助参加人に対して本件個人保険の入院給付金の請求をしたが、右請求書に添付された診断書には、太郎が肝臓病であることを示す傷病名の記載があったから、補助参加人は、これにより右の事実を知っていたというべきであるし、仮に知らなかったとすれば、過失があるというべきである。
(2) 被告は、補助参加人の委託を受けて、太郎から本件告知書を徴する事務を処理していたものであるところ、その担当者であった被告高槻支店の貸付係主任森谷博(以下「森谷」という。)は、本件告知書の告知事項1の記載漏れを見落とした。
本件告知書は、団体信用保険被保険者加入申込書を兼ねていて、本件保険契約に関する被保険者と保険者との間での唯一の書類であり、保険金支払の有無を左右する重要な文書であるから、森谷が右事務を履行するに際しては、①被保険者が記載すべき部分の記載が被保険者により正確になされていることを確認すること、②その記載の遺漏がないことを確認すること、③その記載の前提として、告知すべき事項の内容を十分に被保険者に説明することが求められているが、森谷は②、③を履行しなかったのであり、その過失は重過失に当たる。
そして、被告は、右のとおり、補助参加人と密接な関係にあって補助参加人と一体と考えるべきであるから、被告の右重過失は、補助参加人の重過失と同視すべきである。
(3) 本件告知書の告知事項1の傷病名欄は、補助参加人が太郎に確認することなく勝手に補充したものであるから、右の事項について太郎に告知義務違反があったとしても、補助参加人には、右違反に係る不告知の事実を知らなかったことに過失がある。
仮に、右の傷病名欄を補充したのが被告の担当者であったとしても、前記のとおり、補助参加人は被告に対して本件告知書の徴求に関する事務を委託していたのであるから、右の事項の補充が被告の担当者によって勝手になされたことについて補助参加人は認識していたものとみなされ、補助参加人には、右違反に係る事実を知らなかったことに過失があるというべきである。
(被告及び補助参加人の主張)
(1) 原告らの主張(1)について
補助参加人においては、団体信用保険に関する事務処理は、企業保険管理部団体信用保険課が管掌し、個人保険に関する事務処理は契約部が管掌しており、個人保険に関する事項のうち、入院給付金関係の事務処理は契約部給付金課が担当していたものであり、保険契約締結後二年を越えるものに関する給付金支給は給付金課長に決定権限があった。したがって、太郎が加入していた本件個人保険については、給付金課長が支給決定の権限を有していたものであり、給付金課担当者及び同課長は自らの職務権限との関係において太郎の病状を認識したにすぎず、職務とは無関係に補助参加人の代理人として一般的に太郎の病状を認識したものとはいえないから、右担当者らの認識をもって本件の告知事項に関する補助参加人の認識ということはできない。
仮に、給付金課担当者らの認識をもって補助参加人の認識となし得るとしても、太郎への入院給付金支払日は、①の入院につき平成四年八月一二日であり、②の入院につき同年一〇月六日である一方、本件保険契約における太郎の告知は平成五年一二月三〇日であるから、補助参加人の右の認識は告知日より一年以上も前の認識にすぎないものであり、本件告知日における太郎の病状を認識していたとはいえない。
(2) 同(2)、(3)の主張について
ア 太郎から本件告知書の提出を受けたのは、被告高槻支店の貸付係主任の森谷であるが、森谷は、最初に提出を受けた際、告知事項1の傷病名の記入漏れを見落とした。しかし、森谷は、大和銀総合管理を通じて、補助参加人から、記入漏れの通知を受けるとともに、右傷病名の確認を求められ、太郎に電話をしたところ、太郎は、「胃潰瘍と書いたはずだ。全部きちんと書いているはずだ。下に書いているように病名は胃潰瘍だ。」と回答したのみで、肝臓病についての説明は全くなかった。そこで、森谷は、電話で右の旨を大和銀総合管理に伝え、同社において、本件告知書(丙二)の告知事項1の傷病名欄に「同下」(告知事項2に記載された「胃潰瘍」と同じという趣旨)の文字が記入された。
本件告知書の告知事項1の傷病名欄を補充した経緯は右のとおりであって、右補充がなされた経緯について、被告に過失はない。
イ 本件告知書は、本件団信保険への加入申込書を兼ねており、前提事実8記載のとおり、実際には、被告高槻支店から大和銀総合管理に送付され、そこから補助参加人近畿法人部を経て、補助参加人本社(団体信用保険課)に送付される。
補助参加人本社は、同近畿法人部から事前にファクス送信されてきた本件告知書の告知事項1の傷病名欄が空白であったため、同近畿法人部を経て、大和銀総合管理に告知事項1の傷病名の確認を求めた。その後、補助参加人近畿法人部から同本社に送付されてきた本件告知書(丙二)の告知事項1の傷病名欄は、前提事実8のように「同下」と補充されていた。
したがって、補助参加人は、告知事項1の傷病名が空白であることを見逃したわけでも、疎略に取り扱ったわけでもなく、書面提出者である被告に完全な告知書の提出を求め、その結果、補充がなされたものを信頼したのであるから、告知義務違反について悪意、過失はない。
ウ 仮に、告知事項1の補充について疑義があっても、補助参加人のあずかり知らないところであり、補助参加人において、太郎の告知義務違反について、悪意、過失はない。
原告らは、本件保険契約において、補助参加人が被告に本件告知書の徴求についてその事務を委託していると主張するが、被告は本件保険契約の一方当事者であって、告知書の提出者であり、本件保険契約において、被告が保険者である補助参加人の事務の委託を受けるということはあり得ない。
したがって、太郎の告知義務違反について被告に悪意、過失があったとしても、これが補助参加人の悪意、過失となるものではない。
2 本件消費貸借契約に基づく債務の消滅等
(原告らの主張)
(一) 目的到達による消滅
本件団信保険は、与信契約上の債権の回収を目的にしているものであるから、保険金請求権が具体化した時に与信契約に基づく債権は目的達成により消滅するというべきであり、本件においては、被保険者である太郎が死亡したことにより、具体的な保険金請求権が発生し、これにより被告に対する残債務は目的達成により消滅したというべきである。
すなわち、本件保険契約は、本件消費貸借契約上の債務(住宅ローン)の回収を担保するための制度であり、同じ目的を有する保証委託契約と共に、本件消費貸借契約とセットで締結され、しかも、被告が補助参加人の代理人として本件保険契約が締結されており(保険契約者は被告となっているが、実質的保険料負担者は太郎であり、補助参加人と太郎との保険契約と同視できる。)、補助参加人は、本件告知書を受け取る以外は実質的には何もしない。
このように、被告は、補助参加人と一体となって、本件消費貸借契約を締結し、本件保険契約に関与しているのであるから、本件保険契約に基づく保険金請求権が具体化した場合には、当然に本件消費貸借契約上の債務は消滅すると解すべきである。
なお、そのように解さないで、補助参加人が保険金を現実に支払うまで貸金債権が存続すると解すると、その間に保険会社が倒産した場合の危険負担や、貸金債権の金利と保険金の金利とに差額が生じた場合の負担をすべて借主が負わなければならなくなり、不合理である。現に、本件では、太郎死亡後である平成七年二月一七日、同人の口座からローン月額二九万三四四五円が自動引き落としされている。
(二) 代物弁済による消滅
本件保険契約の契約者は被告となっているが、実質的保険料負担者は太郎であり、かつ被保険者たる太郎は、保険金が支払われることによって、本件消費貸借契約上の債務が消滅することを前提として、被保険者となることの同意をしているのであるから、右保険契約の実質的・経済的当事者は太郎といってもよい。
したがって、本件消費貸借契約の際に、太郎の死亡を停止条件とし、保険事故の発生により具体化した保険金請求権をもってする代物弁済契約が締結されたと解すべきであり、太郎の死亡により、本件消費貸借契約上の債務は消滅した。
(三) 被告の債務不履行に基づく損害賠償請求権を自働債権とする相殺
太郎に告知義務違反はなく、補助参加人の保険金不払は契約違反であり、被告が法的処置をとれば保険金の支払を得ることができたのであるから、被告は、原告らのために太郎の告知義務違反の有無を調査し、事実を究明した上で支払を得るための法的処置を取るべき契約上の義務を有するというべきであるにもかかわらず、被告は形式的に補助参加人に本件保険契約に基づく保険金の請求をしたのみで、その後何らの調査も行うことなく保険金不払のまま放置している。
そこで、原告らは、被告の右債務不履行に基づき、被告が補助参加人に請求すれば受け取れるはずであった太郎死亡時の本件貸付残元金九七八万〇五四三円及びこれに対する死亡時から支払済みまでの年五・三四パーセントによる割合による金員に相当する損害賠償請求権を有することから、平成九年八月二九日被告に到達した準備書面において、右損害賠償債権をもって本件消費貸借契約上の残債務と対当額で相殺する旨の意思表示をなした。
(四) 信義則違反に基づく貸金債務の免責
本件保険金は被告の本件消費貸借契約上の債権の担保というべきものであるから、債権者は債務の弁済について利害関係のある者に対し、当該債権の担保について善良な管理者の注意義務をもって保存しなければならない信義則上の義務を有していると解すべきところ、本件において被告は、前記のとおり、保険金支払の条件が整っているにもかかわらず、補助参加人からその支払を拒絶されたのに対し、何らの措置も取らず放置しているのであるから、右善良な管理者としての注意義務を尽くしていないことは明らかである。
したがって、本件消費貸借契約上の債権の担保である保険金について利害関係を有する原告ら亡太郎の相続人は、被告に対し、民法一条二項ないし民法五〇四条の類推適用により、本件消費貸借上の債務について免責を主張できると解すべきである。
(被告の主張)
原告らの主張はいずれも争う。
仮に本件保険金請求権が発生しているとしても、それが現実に支払われない限り本件消費貸借契約に基づく債務は消滅しないし、また、告知義務違反の有無については、被保険者であり、告知義務者である住宅ローンの借主において最も多く知るところであり、借主死亡後はその相続人らが最も情報を入手しやすいものであり、銀行である被告には死亡した借主の病歴、死亡原因等を究明する能力もないことから、原告らの主張する(三)のような義務はない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(一)(太郎の告知義務違反の有無)について
1 太郎の入院、受診の経過
前提事実と《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(一) 前提事実2記載のとおり、太郎は、平成四年六月二七日から同年七月二一日までの間、胃潰瘍で藤田胃腸科病院に入院した(①の入院)が、その入院期間中に肝臓疾患のあることが発見され、同年七月二一日に同病院を退院した後も、同年八月四日から翌平成五年一二月二四日までの間、同病院に通院した。この間の病名は、胃潰瘍・肝硬変・肝臓癌であったが、右病院は、太郎に対しては肝臓疾患の病名を「肝膿瘍」と告げていた。
(二) 太郎は、藤田胃腸科病院の紹介により、平成四年八月一七日から同月二五日までの間、済生会京都府病院に入院した(②の入院)。右入院初日の八月一七日に作成された承諾書(甲八)には、担当医師の説明内容として、手術・麻酔・検査欄の「検査」の項に丸印が付けられ、診療行為の内容欄には、「施行予定平成四年八月一九日午後一時、腹部血管造影=鼠径部皮膚を局所麻酔したのち、大腿の動脈よりカテーテル挿入し、肝臓の血管造影し、診断に供する。必要であれば、薬剤注入する。」と記載されていた。そして、同月一九日午後一時頃から腹部血管造影検査が行われた結果、肝臓癌であることが確認されたため、その治療として、肝動脈塞栓術(鼠けい部大腿動脈からカテーテルを挿入して塞栓物質を注入し、血流を遮断又は低下させる治療法)が施された。
その際、主治医は、太郎本人に対し、「慢性肝炎ではあるが、一部非常に傷んだ部位があり、このままほっておくと肝臓癌になるので、早めに治療をした。」と説明した。
(三) 太郎は、その後も藤田胃腸科病院で経過観察を受けていたが、平成五年三月八日から同月一七日までの間、肝臓癌の治療目的で再度済生会京都府病院に入院した(③の入院)。右入院初日の三月八日に作成された承諾書(甲九)には、担当医師の説明内容として、手術・麻酔・検査欄の「検査」の項に丸印が付けられ、診療行為の内容欄には、「施行予定平成五年三月一〇日午後一時、腹部アンギオ=鼠径部を局所麻酔したのち大腿動脈よりカテーテル挿入する。必要であれば薬剤を注入する。」と記載されていた。そして、同月一〇日午後一時頃から腹部血管造影検査(腹部アンギオ)及び肝動脈塞栓術が施された。
(四) 太郎は、右病院を退院後、藤田胃腸科病院において経過観察を受けていたが、同年八月二三日から同年九月三日までの間、肝臓癌の治療目的で、済生会京都府病院に三度目の入院をした(④の入院)。右入院初日の八月二三日に作成された承諾書(甲一〇)には、相当医師の説明内容として、手術・麻酔・検査欄の「検査」の部分に丸印が付けられ、診療行為の内容欄には、「施行予定平成五年八月二六日午後、腹部血管造影を施行します。術中、術後軽度の発熱、疼痛あります。また、穿刺部よりの出血の可能性あります。」と記載されていた。そして、同月二五日午後〇時半頃から、腹部血管造影検査及び肝動脈塞栓術が施された(予定日より一日早く実施された。)。
なお、同病院が求めた前記三通の承諾書には太郎の署名捺印がなされているし、同病院では、同年八月二三日頃、太郎本人に対し、同人の病名を「肝血管腫」と告げたが、原告花子ら家族に対しては、それ以前から「肝臓癌」と告知していた
(五) 太郎は、同年九月三日に右病院を退院した後も、本件告知日(同年一二月三〇日)に至るまで、藤田胃腸科病院において投薬を受けながら、経過観察を続けていた。
2 告知すべき重要な事実の意味
商法六七八条一項に規定する「重要ナル事実」とは、保険者がその事実を知っていたならば契約を締結しないか、契約条件を変更しないと契約を締結しなかったと客観的に認められるような、被保険者の危険を予測する上で重要な事実をいうものと解すべきところ、前提事実6記載のとおり、本件約款二三条において、告知は保険会社である補助参加人が定めた所定の書面をもって行うこととされているから、このような場合には、右書面(いわゆる告知書)に掲げられた事項は、一般的にすべて重要な事項と一応推定されるべきものと解するのが相当である。
本件告知書が作成された平成五年一二月当時、補助参加人が定めていた右書面の様式は、別添のとおりであった。
3 補助参加人に提出された本件告知書(丙二)の傷病欄が補充された経緯
(一) 前提事実7、8記載の事実に《証拠省略》を併せると、以下の事実が認められる。
(1) 太郎は、本件告知書を作成した当時、六〇歳で、高槻市内にある大阪不二サッシ販売株式会社の代表取締役の地位にあった。
被告において本件消費貸借契約及び本件保険契約の締結事務を担当したのは、当時の高槻支店貸付係ローン担当主任の森谷であった。
(2) 太郎は、予め交付を受けていた告知書の用紙に必要事項を記載して本件告知書(四枚綴りのもの)を作成の上、平成五年一二月三〇日に被告高槻支店に持参した。このとき、前提事実7(一)記載のとおり、太郎は、告知事項1について、傷病名欄を空白のままでこれら四枚の告知書を提出したものであるが、森谷も右の記載漏れに気付かないままこれを受理した。そして、森谷は、告知日と職業欄を補充した上、三枚目(乙二)を同支店分として残し、一、二枚目(丙二と乙五)を大和銀総合管理に送付し、四枚目(甲三)を被保険者用の控えとして太郎に渡した。
(3) 大和銀総合管理は、被告の各支店から提出される告知書を取りまとめて補助参加人に送付する業務を担当している会社であるが、補助参加人の近畿法人部は、平成六年一月五日に右会社から本件告知書のうちの一枚目のもの(丙二)の送付を受け、これを即日東京の本社(団体信用保険課)にファックス送信して事前審査を求めた。二枚目のもの(乙五)は大和銀総合管理に残された。
(4) 補助参加人本社の担当者は、右のファックス送信を受けた告知書を審査した結果、告知事項1の傷病名欄の記載漏れに気付いたので、同書面の最下段の契約承諾通知書部分の欄外に「告知事項1の傷病名記入願います」との書込みをした上(丙七)、これを即日近畿法人部にファックスで返信した。これを受けた近畿法人部は、翌一月六日、大和銀総合管理に対し、先に受け取っていた本件告知書の原本(丙二)を返却して、右空欄の補充を求めた。
(5) そこで、大和銀総合管理の担当者は、即日被告高槻支店の森谷に電話で右の記載漏れのことを連絡したところ、これを受けた森谷は、手許に残していた同支店用の控え(乙二)で記載漏れの事実を確認の上、下の2の欄と同じ胃潰瘍の意味で「同下」と記載するよう電話で大和銀総合管理の担当者に報告した。
(6) 右の報告を受けた大和銀総合管理の担当者は、補助参加人から返却を受けていた本件告知書(丙二)の告知事項1の傷病名欄に「同下」と記入した上、そのころこれを補助参加人に再送付し、同書面は近畿法人部を経由して補助参加人の本社に提出され、正式に受理された(なお、受理印は、前記(3)のファックス送信がなされた平成六年一月五日の日付で押された。)。
(7) なお、右の(5)の認定に関し、森谷証人は、「大和銀総合管理から連絡を受けた直後に太郎の自宅に電話をかけ、記載漏れの事実を告げて傷病名を確認した。」旨、被告及び補助参加人の主張に沿う証言をしており、この点が当審での重要な争点となっているのであるが、甲二四及び二七の記載内容等に照らすと、森谷証人の右供述部分を全面的に信用するには疑問が残るといわざるを得ないので、前記の限度で認定するに止める。
(二) 以上の認定に対し、原告らは、本件告知書(丙二)の傷病名の補充が、太郎の了解なく補助参加人によって勝手になされたと主張する。すなわち、丙二の告知事項1の傷病名欄に「同下」の記載があるのに、大和銀総合管理で保管していた乙五の同欄は空白のままになっているから、右の補充は、前記認定のように大和銀総合管理のもとでなされたのではなく(補充するのであれば、双方に補充するはずである。)、補助参加人が補充したものであるというのである。
しかし、前記(一)(3)で認定のとおり、大和銀総合管理は、一旦、丙二と乙五とを分離した上、丙二を補助参加人に送付していたのであるから、補充を求められた丙二のみに「同下」の記載をして返送し、手許の乙五には、同様の補充をしなかったとしても、別段不合理ということはできない(なお、乙五の裏面には、「傷病名②に同じ、モリタニ様にtel確認」とメモ書きされている。)。
なお、原告らは、右の乙五について、被告が従前既に廃棄していて提出することができないと陳述しながら、平成一一年二月四日の当審第三回口頭弁論期日に至って突如提出したことを問題にするところ、右の指摘はもっともではあるけれども、右書面の所在が判明した経緯について、被告は一応合理的な説明をしているのであるから、同書面を証拠として採用することについて支障はないというべきである。
4 告知事項1について
(一) 補助参加人が定めた本件告知書の書式は別添のとおりであって、告知事項1として、最近三か月以内に医師の治療・投薬を受けたことがあるか否かを質問して有無を回答させ、有の場合には、その傷病名、発病又は受傷の年月日、治療方法及び就業状況の記載(告知)を求めるというものである。
そうすると、前記1の太郎の入院、受診の経過に加えて、《証拠省略》によると、太郎は、本件の告知日である平成五年一二月三〇日の直前の三か月間に、藤田胃腸科病院に合計一一回通院し、ケルナック(胃潰瘍・胃炎)、プロヘパール(慢性肝臓疾患における肝機能改善)、小柴胡湯(肝炎)(以上、いずれも商品名と効用)を含む薬剤の投与を受けていたことが認められるから、告知事項1としては、胃潰瘍及び肝臓病で服薬通院中であることがこれに当たるというべきである。
しかるに、前提事実7(一)、8及び前記3認定のとおり、最終的に補助参加人に提出された本件告知書(丙二)では、治療投薬を受けた事実については「有」に丸印が付されたものの、傷病名としては「同下」(告知事項2に記載された胃潰瘍の趣旨)、発病日として「平成四年六月二七日」と記載され、治療方法として「服薬中」に丸印が付され(「通院中」には付されていない。)、就業状況として「正常就業中」に丸印が付されているのみで、肝臓病に関する記載はない。
したがって、太郎としては、告知事項1について肝臓病も記載すべきであったにもかかわらず、その記載をしなかった点において、告知義務違反があったというべきである。
(二) そして、前記1で認定したとおり、太郎は、右告知時点において、自己の正確な病名が肝臓癌であることまでは知らされてはいなかったものの、平成四年六月から平成五年九月までの一年余の間に検査名目の三回を含むとはいえ、四回も入院を反復し、肝膿瘍、肝血管腫といった病名を告げられていた上、前提事実3記載のとおり、①及び②の入院に際しては、「肝障害」「慢性肝炎」との記載のある診断書の交付を受けていたのであるから、自己が何らかの尋常ではない肝臓病に罹患していることを認識していたのはもとより、本件告知日の直前三か月間の通院に際して、右の肝臓病に対する投薬を受けていることをも認識していたものと推認することができる(なお、《証拠省略》によれば、平成五年九月一六日の藤田胃腸病院での受診に際し、太郎の「悪性ではないですか。」との質問に対し、主治医は「組織を採っていないのではっきりとはいえないが、肝のあるところに炎症の強い部分があり、薬でおさまっているみたいなので、悪性なものとは考えなくてよいのではないか。」と答えていることが認められるが、右事実も太郎が当時何らかの肝疾患のあることを認識していたことを示すものである。)。
しかるに、前記3(一)で認定した経緯に照らすと、太郎は、本件告知書の告知事項1について、傷病名を空欄にしたままで提出したものであるところ、それが単に同欄の記載を失念したにすぎないものか、あるいは意識的に記載を避けたものかについては判然としないけれども、そのいずれであるにしても、右の太郎の病状認識の程度からすると、太郎には、前記の告知義務違反について少なくとも重過失があったものというべきである。
(三) なお、前記3で認定したところからすると、本件告知書の告知事項1の傷病名欄の「同下」の記載は、太郎において白紙で提出したものを被告及び大和銀総合管理の担当者の手によって太郎に無断で補充されたものと考える余地があるけれども、このことによって前記(一)、(二)の判断が左右される余地はないものというべきである。けだし、保険契約の解除原因となる告知義務違反は、保険者対保険契約者及び被保険者の間で問題とされる概念であって、保険者である補助参加人との関係では、保険契約者である被告と被保険者である太郎とはいわば一体として観念されるのであるから、被告(大和銀総合管理も含まれる。)の過失が太郎のそれを阻却することはないというべきだからである。
(四) 原告らは、太郎が①の入院についての本件個人保険の入院給付金請求に際し、「多発性胃潰瘍、肝障害」と記載された診断書を補助参加人に提出していることをもって、肝障害についても告知したものということができると主張するけれども、前記2で説示したように、本件の告知は補助参加人の定める様式に従ってなされる必要がある上、後記二1で認定するところに照らすと、右の診断書は本件の告知について受領権限を有する者に対して提出されたともいえないから、右の診断書の提出をもって本件の告知(の一部)と解することはできない。
5 告知事項2について
当裁判所も、告知事項2に関しては、太郎に故意又は重過失による告知義務違反は認められないものと判断するが、その理由は、原判決四二頁九行目から同四八頁一行目までの記載と同じである(ただし、告知事項1に関する記載部分を除く。)から、これを引用する。
二 争点1(二)(補助参加人の悪意又は過失の有無)について
1 原告らは、太郎が①及び②の入院について本件個人保険の入院給付金の請求をした際に提出した診断書には肝臓病の記載があったから、その記載により補助参加人は太郎が肝臓病であることを知っていたが、少なくとも知り得べきであったと主張する。
しかしながら、《証拠省略》によれば、補助参加人においては、団体信用保険に関する事務処理は、本社企業保険管理部団体信用保険課が管掌し、個人保険に関する事務処理は、本社契約部が管掌していたこと、そして、個人保険に関する事項のうち、入院給付金関係の事務処理は、契約部給付金課が担当しており、保険契約締結後二年を越えるものに関する給付金の支給は給付金課長に決定権限があったことが認められるから、太郎が補助参加人に提出した前記の診断書は、右の入院給付金の支給事務を処理した契約部給付金課の担当者(課員及び課長)の目に触れたにすぎないものと推認される。
そうすると、右の契約部給付金課の担当者らは、団体信用保険に関する事務処理については何らの権限も有していないものと推認されるのであるから、右の者らが右の診断書の記載内容を知り又は知り得べきであったとしても、これをもって直ちに補助参加人の悪意又は過失と同視することはできないというべきである。
そしてまた、前記一3で認定した本件告知書の告知事項1の傷病名欄が補充された経緯に照らすと、本件保険契約の締結事務を処理した補助参加人の担当者において、右告知書の記載に不審を抱いて契約部給付金課に問い合わせるなどの措置を講ずべきであったということもできない。
したがって、原告らの右の主張は採用できない。
2 原告らは、補助参加人から事務を委託されている被告高槻支店の森谷が本件告知書の記載漏れを見落としたことは被告の重過失に当たり、右の重過失は補助参加人の重過失と同視すべきであると主張する。
しかし、被告の行っている事務は本件保険契約の申込者としての行為に他ならず、被告と補助参加人とは保険契約上の相対向する当事者であるから、被告高槻支店の担当者である森谷の過失を直ちに補助参加人の過失と同視することはできない。そして、他にこれを同視すべき事由も窺われない(被告が補助参加人から何らかの事務を委託されていると認めるに足る証拠はない。)。
のみならず、本件において、補助参加人からする保険契約の解除が制限されるべき事由としての過失は、「告知義務に違反して告知されなかった傷病名(具体的には肝臓疾患)につき、補助参加人が注意を尽くせば知り得た場合」を指すものであるから、本件告知書の記載漏れを見落としたことが直ちに右の過失に当たるものでもない。
したがって、原告らの右主張も失当である。
3 原告らは、補助参加人又は被告の担当者が本件告知書の傷病名を勝手に補充したものであるとして、補助参加人の過失を主張する。
しかしながら、本件告知書の告知事項1の傷病名が補充された経緯は前記一3で認定したとおりであって、補助参加人が右の補充に直接関与した事実は認められないし、また、右の補充の過程で被告高槻支店の森谷に太郎への確認を怠ったという過失を考える余地があるとしても、同人の過失をもって補助参加人の過失と同視することができないことは前記2で説示したとおりであるから、原告らの右主張も採用できない。
三 結論
以上によると、争点2について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないから、本件控訴に基づき、これと異なる原判決を取り消した上、原告らの請求を棄却し、本件附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 小原卓雄 裁判官山田陽三は、差支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官 鳥越健治)
<以下省略>